鑑賞の感想 考察 金曜ロードショー『オペラ座の怪人(吹替版)』記念 ロックなファントム論 『オペラ座の怪人(吹替版)』感想

試写会の感想 【】内は旧ネタバレ対応用

2005年1月14日 有楽町朝日ホール

なぜか久しぶりに映画を観るのに緊張してしまった。

冒頭は予告編でおなじみの1919年のオークション場面でスタート(この1919年の場面は何回か出てくる)。そこから1870年のオペラ座が甦る。

【ここで出てくるのは年老いたラウルとマダム・ジリー、最後にクリスティーヌのお墓が出てきて、二人が婚し子供をもうけ1917年に亡くなっていることが分かる。このような時代を行き来するやり方はありだと思うのだがラウルとマダム・ジリーの二人の視線で語られるのは中途半端に思える。メイン・キャストのラウルを入れずにマダム・ジリー視線で語られる方がうまく描かれたのではないだろうか】

リハーサル直前の場面も予告に出てきたが、直前の緊張感が出ていていい。そのリハーサル中に新支配人の二人とパトロンのラウルが登場、カルロッタに幕が落ちて、クリスティーヌと交代というおなじみの流れ。映画として見てみるとカルロッタがなぜプンプンと怒りやすいのかが分かりにくい。

Think of Me:マダム・ジリーの推薦でリハーサルに参加するクリスティーヌ。歌い始めてマダムの方をチラッと見る時の表情と、それでいいわよというマダムの表情がすてき。その後の白いドレス姿も美しい。1月11日(火)東京オペラシティコンサートホールで特別ゲストの笹本玲奈さんが着ていた姿も見たかった。

Angel of Music:前にも書いたとおりに、この曲が『オペラ座の怪人』の中で一番好きなのできれいな画になっていて一安心。そのまま次の曲へと流れて鏡をすり抜ける場面はやや説明不足。

The Phantom of the Opera:ファントムの棲家へ行く場面はよく言えば幻想的、悪く言えば唐突なのだが、なんとも不思議な感覚の画になっている。棲家自体はもう少しゴテゴテしたものを予想していた。

Masquerade:ここはもう少し映画ならではの見せ方に工夫がほしかった場面、もっとダイナミックに!一見さんはなんのための仮面舞踏会か分かったのだろうか。下手するとファントムの登場も舞踏会の演出に見えてしまいかねない。

Journey to the Cemetery 〜 Wishing You Were Somehow Here Again:個人的にはこの映画でエミー・ロッサムが一番美しいのはThink of Me も捨てがたいが衣装込みでこのシーンだと思う。その後の「ドンファンの勝利」のパートはややあっさり、ここからクライマックスのシャンデリアの落下、ファントムの逃走、ラウルとファントムを挟んだ三角関係と進むわけだが、やや「消化しました」という感じがしてしまう。

【最後のファントムが鏡を壊して逃亡するシーンには苦笑。】

【最後にラウルがクリスティーヌの墓にお参りする場面を見ると製作者のジョエル・シューマカーとアンドリュー・ロイド=ウェバーはクリスティーヌに幸せな人生を送ってほしかったのだろう。】

あまりいい評判を聞いていなかったので心配していたが、たしかにミュージカルの見せ方という点では見るべきものがない。しかし目指すものがそれではないのだからそれを批判するのは無意味だろう。その点ではまさに『ANDREW LLOYD WEBBER'S THE PHANTOM OF THE OPERA』としか言うしかない。

最後にメインの3人のキャラクターと演技について。

ジェラルド・バトラーは恐らく厳しい評価がされると思うが、個人的にも歌が今ひとつでももっと堂々としてほしかった。さもなければもう少し歌がうまいか低音の魅力がある役者がいい。あるいはもっとほっそりとした顔の人。ファントムのキャラもやや矮小化されたきらいがある。

パトリック・ウィルソンそのものにはさほど不満はないが、小説版のラウルはと比べると影の部分が描かれてなく嫌味な人物で少しつまらない。【特に墓場での直接対決でファントムに勝つのはどうなのだろう。】

エミー・ロッサムについて言えば本人が一番がんばっている。ファンとしても清楚なものからセクシーなものまで数々の衣装を楽しむことが出来る貴重な作品で必見の作品には違いない。クリスティーヌのキャラは若い女優を起用したことで乙女度はアップしている。それが製作陣の狙いなら成功したといえる。


『オペラ座の怪人』の考察。某メルマガにて採用されたものを修正して掲載

クリスティーヌはなぜファントムの仮面を剥ぐのか(ネタバレ含む)

『オペラ座の怪人』をクリスティーヌが少女から大人への成長物語として考えてみる。クリスティーヌが父のお墓に行く場面は彼女なりの少女時代への決別である。「父が贈ってくれた音楽の天使」の話を信じる彼女は、姿を現す前のファントムを父の化身と信じて疑わない。そして実際のファントムが優れた才能を持ち合わせながら歪んだ心の持ち主だとだと気づき、幻滅してしまう。

父の墓場のシーン、ここの歌詞は何通りにか解釈できるが基本的には父の話してくれたおとぎ話の世界に別れを告げるものだと思っていいだろう。それは同時に父の思い出とその思い出に頼って生きてきたそれまでの自分への決別宣言でもある。またそれは父の姿を重ねていた、ファントムへの決別でもあったはずだがそれはその直後の出来事のせいで出来ない。

「ドン・ファン」のラストでクリスティーヌはなぜファントムの仮面を剥ぐのか。ファントムは「Christine that's all I ask of ..」とまで歌って最後のyouが言えない。これに対してクリスティーヌは愛の告白を役の中の人と入れ替わって(自分を偽って)行うファントムに対して自分をさらけ出しなさいとばかりに、仮面を剥ぐ。この時点で二人の中では(自分のとった行動がどんな災難をもたらすかの判断は別として)クリスティーヌのほうが大人である。

そして地下でのキス・シーン。ここは訳が不評なので(以下のサイトを参照)訳してみる
http://uk.geocities.com/jonetsuplay/
http://enbi.moo.jp/phantom/phantom-movie.html

Pitiful creature of darkness
What kind of life have you known?
God give me courage to show you, you are not alone.

暗闇に棲む哀れな生けるものよ(creatureは次のGodを考える上でも重要)
どんな生き方をしてきたというの?
神よ私に勇気を与えたまえ(ここは祈願文)
この人が、孤独ではないと言うための勇気を。

劇場の字幕では「神様の与えて下さった勇気で あなたに示そう/私もあなたに 惹かれたことを!」となっている。これが不評なのは原文の愛情、情け、人間愛などに解釈できる文を恋愛に限定してしまった点にある。たとえ演出が恋愛感情であったとしても、それは台詞(歌詞)によってではなく演技(行動)によって表現されるべき場面であり愛情・情け、人間愛、悲しみ‥が混じった感情であることには間違いない場面がただ「惹かれていた」という現行の字幕では不十分。

ここでクリスティーヌは大人の女性の姿を見せたといってもいいだろう。おそらく人生で初めて他人からの愛情に触れたファントムの心は直ちに解凍されラウルを開放し、クリスティーヌと一緒に行かせる。

長年の友であった(?)猿のオルゴールを前にしてようやくクリスティーヌへの愛を素直に表現できるようになる。その直後のクリスティーヌが渡す指輪はそんなファントムへの彼女からのプレゼントと解釈してみると一連の流れはすっきりする(もちろんこの指輪のシーンも多様な解釈が可能)。

その後のクリスティーヌとラウルの間にファントムの存在がどれだけのものであったかは1919年のシーンから連想するしかないが、大きいものであったことだけは確かであろう。


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金曜ロードショー『オペラ座の怪人(吹替版)』記念1:映画『オペラ座の怪人』ロックなファントム論

舞台版『オペラ座の怪人』では先行シングルを歌ったスティーヴ・ハーリー、本番で歌ったマイケル・クロフォードのどちらもオペラ的に朗々と歌い上げる歌唱法ではない。ロック・オペラたるゆえんだ。ファントムの初期設定はワイルドな声だと容易に想像できる。ただしアンドリュー・ロイド=ウェバー(以下ALW)のロック観もけっこう怪しく、タイトル曲のベース・ラインがロックだろと言うような人であることは留意する必要がある。

舞台が長期公演となり、色々な国で上映されるようになるとファントムを演じる人数や公演数が増えると、ファントムの怪人の面より、歌の先生の面が表に出るようになる。だからこそALWは映画と言う一回きりのメディアを使ってロック寄りのファントムに戻そうとしたのだ。そうなるとワイルドそうに見えてきっちりとした歌い方をするヒュー・ジャックマン等はコンセプトから外れることになる。

映画のファントムに抜擢されたジェラルド・バトラーはALWやジョエル・シューマッカー監督が期待したほどにはうまく行かなかった。どこがいけなかったのか?彼の鼻声気味の声に対する声質への好き嫌いはともかく、問題はきっちりと歌おうとしたことにある。音符を追うことに必死だったのだ。それではワイルドさを出すまでに至らない。つまりロックなファントムを期待して起用されたバトラーは、自分の歌唱によってそれを打ち出すことができなかった。

比較対象としてジョニー・デップの『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』をあげてみよう。デップは歌唱力がそれほどあるわけではないだけに歌い込むパートでは物足りないが、感情が高ぶるようなパートでは歌に勢いがあるし、ある程度音符を無視することによってロックっぽくなっている。これこそがバトラーに期待されたものではないだろうか。スティーヴン・ソンドハイムの特徴である詰め込みすぎの歌詞の字余り感がうまく作用したのかもしれない。またソンドハイムの特徴は難しさでもある。難曲を担当するBeggar Womanに本職のローラ・ミシェル・ケリーが起用されたことや、舞台から「Kiss Me」がカットされたことからもそれは分かる(若い恋人の歌なので外れても仕方ない面はある)。

以上主にジェラルド・バトラーへの不満を述べてきたが、エミー・ロッサムの歌に不満を感じる人もいるだろう。ただプロモーション来日時の「オール・アイ・アスク・オブ・ユー」のほうが映画/サウンドトラックより良かったと言いたい(個人的にはクリスティーヌを語るときに高音競争になるのは嫌いでもある)。(ブログ掲載日時2011年02月20日)

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金曜ロードショー『オペラ座の怪人(吹替版)』感想

放送日時:2010年12月17日 21:00〜23:24

ファントム 高井 治、クリスティーヌ 沼尾みゆき、ラウル 佐野正幸

金曜ロードショーで放映。「吹替なんて」「口と歌詞が合ってない」と言う人がいるようだ。しかし故淀川長治さんが言うようにゴールデン・タイムの映画放映は映画を広く見てもらうためのアピールの場である。それが気になる人はソフトを買うなり、レンタルすればいい。しかも同じ日本テレビで深夜に放映された字幕版を放映済みだ。

淀川さんの話をしながらもCMの入れ方に文句をつけるのはおかしいのだが、CMとカットされた部分について触れておく。CMの入る箇所は以下の通り。

00.17.46 手紙を拾うマダム・ジリー
00.30.13 ラウル部屋へ
00.48.17 メグ地下へ
01.22.15 マスカレード
01.32.30 マダム・ジリーがラウルに説明
01.41.24 Wishing You Were Somehow Here Again
01.50.22 ラウルの作戦説明
02.14.12 ラウルを締め上げるファントム

これを見ると後半にCMが入ることが多く、とくに三重唱のところで入るのは残念だった。結果的にクリスティーヌが地下の隠れ家にいるところから、「Prima Donna」までが一番長いことが分かる。カット部分ではラウルの回想部分など本筋とは関係ない部分はカットしやすい。ほぼ全編に音楽が鳴っている本作ではオリジナルを知らなくても音を聞いていればカットされた部分がなんとなく分かってしまう。

カットされて損をしているキャラクターはまずはブケー、彼がのぞきをしているところがカットされているのでファントムにやられても仕方ない人物であるという印象が薄い。そのためにファントムが単なる殺人鬼に見える恐れがある。それも含めてオペラ座の職人たちの生活臭がカットされているのも少し残念だ。支配人の「ジャンク・メタル」に関する台詞が出てくるのは二箇所だが、ここはカットできそうな場面を必死に探した結果か、ご苦労さんと言いたい。

以下は順番に一言コメント
オークションの場面でメグ・ジリーと字幕に出る。脚本ではマダム・ジリー。
階段を下りるときにかすかに聞こえるクリスティーヌとメグの会話が良い。
マダム・ジリーは単調だが雰囲気はあるのでこれでよし。
二人の支配人は良い。
ラウルは台詞がやや単調、声はパトリック・ウィルソンと違うが好青年風なところは共通。
ファントムはジェラルド・バトラーを意識して荒々しく歌う場面もあるが次第にいつもの四季スタイルに戻る。

The Phantom of the Opera: 歌い手にとっては普段どおりの歌だろう
The Music of the Night: 出だしは台詞調でオリジナル音声のテンポを合わせる様子が少し気になる
I Remember/Stranger Than You Dreamt It: 荒々しく歌う「Stranger than you dreamt it ~」のパートは悪くない
Notes/Prima Donna: 台詞応酬のパートはイマイチ
All I Ask of You: ここはやはり聞かせどころ
Why So Silent: もっとノリよく!!
Don Juan: バトラーのファントムの方が歌のイマイチさも手伝ってより悲壮感があるのは皮肉、ラストも同様。ラストの三重唱は右上にクリスティーヌ、右下にラウル、左下にファントムの台詞が出る字幕は努力賞もの。このファントムの悪役ぶりはなかなか良い。

クリスティーヌを担当したのは沼尾みゆき、『ウィケッド』のグリンダを演じたことがある。そう言えば昔エミー・ロッサムが「Defying Gravity」の楽譜を持っているのを目撃されたことがある。グリンダをやったら楽しそうだ。 (ブログ掲載日時2011年02月20日)



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